にわか山岳ランナーができるまで
「日本山岳耐久レースチャレンジ隊レポート 練習&レース編」
by中野雄一
【練習編】
「ハセツネ?何それ?」
平山女史からはじめてその名を聞いたのは、たしか6月の高尾練習会のとき。
曰く、72キロも山の中を一晩中かけて走る。エイドはなくて食料も飲料も全部自
分で運ぶ。去年の完走率は半分程度...。
希代の登山家長谷川恒男の名を冠したレースはそれはそれは大変な大会のようで、
出る人はきっと皆ターザンみたいな野人か変人だと思っておりました。
ところが、オッティモのジェーン(?)永井女史からお誘いがあり、またネットで完走した人達のレポートなどを読んでいるうちに「どうせやるなら一番きついと言われている大会に出てやろうじゃないの!」という気になり、事務局に参加費9千円を振り込んだのが7月のこと。後から考えると冷静な判断力というか、自分を客観視する能力が欠けていたとしか思えません。
さあ、それからが大変。なにしろ大会まで残り3ヵ月くらいしかない。しかもオッティモメンバーは全員初参加!急ごしらえ、暗中模索の練習会がはじまりました。
以下、10月8日の大会当日までのメニューを記します。ご参考になれば幸いです。
①7-8月
この時期は永井さん、宮崎さんが佐渡トライアスロンに出走されるということなので、
自脚作りと山で走ることに慣れるための個人練習が中心でした。
1. 7月16日 箱根の山 20キロ ソロ
2. 8月5日 筑波山 8キロ ドクター伊藤と
3. 8月12日 高尾山 28キロ オッティモ練習会
4. 8月15日 八ヶ岳赤岳往復 30キロ ソロ
5. 8月19、20日 鹿島槍 会社関係の人たちと一緒だったので登山に走りをまぜて計40キロ
6. 9月3日 高尾山 28キロ ソロ
個人的には木々に覆われた関東界隈の低山よりも、八ヶ岳などの2500メートル超の山峰を走るほうが景色もよく、湿度も低いのでずっと楽しかったです。特に八ヶ岳は途中に山小屋も多いので給水や補給食の心配もないし、本格的な岩山から湖と森のトレッキングコースまで様々な山容が楽しめます。
筑波山は近いし、距離が短いので週末自転車の練習と組み合わせたりしました。
②ハセツネ練習会
いよいよ奥多摩のコースを使っての練習会がはじまりました。我らが師匠平山さんの指導・道案内のもと、4人の迷える子羊は毎週奥多摩詣でを続けました。奥多摩は柏からとっても遠いのですが、永井さんが毎回車を出してくれたのでめちゃめちゃ助かりました。多謝。
7. 9月9日 ハセツネ練習会① 今熊神社~西原峠 33キロ
8. 9月16日 ハセツネ練習会② 上川乗~三頭山~都民の森~上川乗30キロ
9. 9月18日 ハセツネ練習会③ ナイトラン 御岳山~五日市14キロ
10.9月24日 ハセツネ練習会④ 月夜見駐車場~五日市 30キロ
夏の練習で少しは登坂力がついたかな、との慢心は第1回の今熊~西原峠でもろくも崩れ去りました。スタートしていきなり急登の連続でもう足があがりません。このコースが一番きつかった。
第2回はコース上最も標高が高い三頭山の登りを体験、そして第三回の練習会ではいよいよヘッドランプをつけてのナイトランに挑戦!実際このレースは夜間がメインですのでナイトランの練習は必須です。自分のライトが使いやすいか、路面をうまく照らしてくれるか、電池の耐久性はどうかなどのテストにもなります。
第4回はコースの後半半分。月夜見駐車場から五日市の下りメインの30キロでした。
しかし、ここでも前半に御前山の急坂が立ちはだかり、かなり参りました。
最後にひとりでコース上最もきついだろうと思う三頭山、御前山を登っておきました。
11.9月30日 鞘口峠~三頭山~御前山~鞘口峠 23キロ ソロ
これら山での練習に平日ロードでのジョギングを加えて、8、9月は月200キロ位の走行距離でした。この程度の練習量でいいのかどうかわかりませんが、とりあえず完走のイメージだけは掴めてきました。
肝はやはり9月のハセツネ練習会です。実際のコースを何回も走ることをオススメします。
あと、実際に走って痛感したのですが、やはり長い距離を走ることが大事です。
8時間超の練習を一度は体験しておくべきでした。
オフトレとしてはスクワットやジムでのステップマシーンなども有効です。
重りを入れたリュックを背負ってステップマシーンを踏む人もいるそうですが(平山談)
シムでそんな人見たら周りはちょっとひきますよね、
【レース編】
好天に恵まれた大会当日、五日市中学グラウンドに並んだ2004名。なんだか筋骨隆々のアスリートが目立ちます。上半身が逞しい人が多いような気が。三竹さんと「皆自分たちより速そうに見えるよねえ。」 早くも弱気モード全開。
記録
① スタート~第1関門(浅間峠)
午後1時、スタートの合図とともにランナーたちが一斉に駆け出しますが、なんせ2千人が細い登山道めがけ一斉に押し寄せるわけですから、当然ところどころ渋滞がおこります。
特に入山峠の手前では完全に止まって順番待ち。「これじゃ日本山岳渋滞レースだ。」と悪態をつきたくなります。たぶん走り始めは1000番くらいか。それでもなるべく明るいうちに距離をかせいでおこうと、登りをがんばって抜いていきました。(あとでこれがこたえてくるのですが。)第1関門の浅間峠まではなんとかヘッドライトなしで到着。
あれ、遥か先を走っていたはずの平山だんなさんがいる。??
腰痛がひどくてここでリタイアする予定とのこと。今熊神社のところでもいつも80番台くらいで走っている知り合いの方がお腹の調子が悪くリタイアしてました。
なんで長丁場なので体調コントロールが大事。
第1関門(22.6キロ地点)到着 4時間53分 892位
②第2関門 月夜見駐車場まで
第一関門で休みたいがまだまだ先は長い。ヘッドライトを装着すると、心を鬼にしてすぐにスタートしました。
ところがやっぱり6時間を越えたあたりで筋肉疲労がピークに。西原峠などの平らなトレイルは頑張って走るものの、三頭山の長く急な登りでは相当遅くなり、なんども止まる。細いトレイルでは後続のランナーに大分迷惑をかけちゃいました。第1関門までをがんばりすぎたつけでバテもでてきて、もう完走できればいいや、とますます弱気モードに。
このあたりから動けなくなり固まっている人、トレイルからはずれて仮眠をとる人も増える。周りも相当疲れているみたい。
用意した2.5リットルの水も使い切る。もうボロボロになって第2関門につくと給水所前に永井さんが。そして丹羽さんが! 嬉しい。
第2関門(42.1キロ地点)到着 10時間16分 803位
③第3関門 御岳山(長尾平)まで
永井さんにはどうも鞘口峠のあたりで抜かれたみたい。自分よりまだ元気そうだ。さすがだ。ヘッドライトの電池を交換。「もう二人でゆっくり行きましょうね。」といいながらスローペースでスタート。
ゆっくりと、しかし休まずにこのレースのもうひとつの難所御前山と大岳をクリア。
ペースを落として走ったつもりが、ここでも周りがもっと遅くなってきているので結局ここで一番順位をあげることができました。トライアスリート強しか?
第3関門(58キロ地点)到着 14時間38分 635位
④日の出山、金比羅尾根、五日市体育館。
パワージェルも8個目になるともううんざり。おまけにつかれて消化吸収力も落ちてきているので何も食べたくないと思っているところに永井さんが「これ効くのよ」とベスパプロなる溶液を。1本7百円もの高級品。これがほんと効きました!それと持参の特性ドリンク(トップテンと眠眠打破をまぜたもの)を一気に飲みで見事復活!
気持ちよくペースがあがっていきました。気付くと永井さんを振り切っていた。(あとで裏切りもの~、恩知らず~、と怒られる。)
最後の登り、日の出山頂上から見る五日市の夜景は見事で、ここまで頑張ってきたもののみに与えられるご褒美です。ここからは10キロ続く下り坂。「ここでとばさずどこでとぶ。」とばかりにひとりまたひとりと抜いていきました。
とは言っても下りは危険。途中なんども転びます。手足もパンツも泥だらけ。残り5キロのところで右足を挫く。「捻挫やっちゃったか。」と焦るが、なんとか走れるので「もうどうなってもいいや」とそのまま走り続ける。暗いうちにゴールするのが目標だったのですが、残り3キロくらいで夜明け。でももうすぐゴールだ。完走できるぞ!身体は悲鳴をあげているのですが、心はどんどん開放されていってなんともハッピーな気持ち。
残り1500メートルで舗装道に。これが弱りきった足腰に堪えます。最後の50メートルでひとり、3メートルでひとり抜いて朝5時41分なんとかゴール。一分差で永井さんも到着。あれ、号泣してる。「辛かったんだね。」と声をかけると泣きながら「うんうん。」
中学校の体育館で寝袋にくるまって休んでいると三竹さん笑顔で到着。
故障を抱えながらの完走見事です。宮崎さんも余裕で帰還。「おなかすいたあ。」
皆さんお疲れ様でした。
フィニッシュ(71.5キロ) 16時間41分 593位
【感想】
レースは正直いってきつかったです。走りながら「もっと早めにきちんと練習しておくべきだった」と反省することしきり。制限24時間と時間的には余裕があるので、完走だけを目的にすればそんなに辛くはないはずなのですが。実際途中でのんびり大休止をとって食事をしているような登山家などもいます。しかし、それなりに速く走ろうとするとなんせ山なのでめちゃくちゃ辛いです。トップの人たちのゴールシーンは他の競技では見られないくらいあまりに壮絶です。そういう意味ではランナー、アドベンチャー、登山家と様々なタイプの人たちがそれぞれの目標を掲げてチャレンジしているのがこのレースの特徴と言えるのかも知れません。また長丁場であり、気温の差も激しく、睡魔とも闘わなければなければならないので、速いランナーより強いランナーであることが要求されるように思いました。
温泉にゆっくり浸かっての帰りの車中、永井さんが「こんどはサバイバルレースに出ようよー」と言ってみんなを困らせます。でも今回アドベンチャースポーツの世界の扉を少しだけ開けて覗いて見たのですが、まだまだ面白い未体験の世界が広がっているようで、またそれは決して不可能なものではないのかも、とも思えてきました。
富士登山競争、御岳スカイマラソン、海外では4000メートルの高地を走るキナバルクライマソン、サハラマラソン...。天上の世界がほんの少しだけ近くなった気がしました。
長文拙文にお付き合いいただきありがとうございました。来年は大勢で参戦しましょう。

路上にも地元の歓迎の幕が

会場には各企業や山岳部の旗が張ってありました。来年はオッティモ旗を掲げるぞ!!

これをくぐって右に曲がるとゴオーーール!